エターナル・クルセイダース

- Act.01_4 -

 奇妙な感覚だった。先ほどまで、確かに二人は草壁川の河川敷の上にいたはずである。
しかし今、周りは壁に囲まれており、風が揺らす雑草の音も耳には入ってこず、風景はた
だの白い部屋と化していた。
 これも、東野さんが言っていた『スタンド』によるものなのだろうか。ぼんやりと考え
ている貴志の前で、東野と佳子が拳を交わそうとしていた。
「オラァッ!」
 東野の背中から飛び出しているイーグルストライクの拳が唸りをあげて佳子に襲い掛か
る。しかし佳子も、背後からスタンドらしき腕がガードしていた。
「どうした? 腕だけしか出さないと言うことは……どうやらまだ、スタンドは完成して
 いないようだな」
 そう言いながら、東野のイーグルストライクが掴まれた拳の代わりに右足を蹴り上げた。
佳子は掴んでいたイーグルストライクの拳を放し、そのまま後方に宙返りをすることでそ
の攻撃を避けた。
 少し間をおいて、佳子が口を開いた。
「確かに、あたしの『ザ・ニューワールド』はまだ完全に能力を発揮するまでには至って
 いないわ。それは認める。けど……」
 言いかけた途中、佳子の姿が消え去った。そして貴志は、東野の背後に佳子がいつの間
にか立っているのを知った。
「忘れたかしら? あたしは今までに会ってきたスタンド使いの能力を再現する事ができ
 るのを」
 東野が振り返るよりも早く、佳子のスタンドが東野の背中に拳を当てた。防御し切れな
かった東野はそのまま前方に五メートルほど吹っ飛び、そこで止まった。
「く……『レベルデビル』、か」
 当たりが浅かったのか、東野はすぐさま立ち上がった。
「記憶力抜群ね、東野クン。脳年齢結構若いんじゃない?」
 そう言いながら佳子は右手を上げ、指を鳴らした。それに答えるかのように東野の足元
から茨のツタがものすごいスピードで出現し、瞬く間に東野の周りを覆った。
「下手に動くと、体中傷だらけになっちゃうわよー」
 力ずくで茨を切断しようとする東野を制すかのように、佳子が言った。佳子が言うまで
に東野は少しだけ動いたが、それだけで何箇所からか血が出てき始めているのが貴志から
も分かった。
「し、しまった……」
 東野が動けないのを見届けた佳子は、踵を翻し貴志のほうを向いた。
「これで後はあなたを始末するだけね、澤村貴志クン」
 そう言いながら佳子は貴志に向かって歩き始めた。ゆっくり近づいてくる佳子に対し、
貴志は両手を顔の高さに上げて警戒体勢をとった。
「スタンドを使え、貴志!」
 佳子の肩越しに、東野が貴志に向かって叫んだ。
 貴志には思い当たる節があった。あの大洪水で両親を失って以来、自分の中に不思議な
力が宿っている事を知ったのは間も無くの事だった。周りの人、誰に言っても今まで理解
される事のなかったその力を、今ここで使うしかなかった。
 しかし、貴志も自分の力に何かの確信があるわけではなかった。この力というものは自
分自身でもよく分からないもので、様々な効果をもたらしてくれるものだという事しか分
かっていない。
 つまり、今、佳子に自分の力が通用するかどうかは全くの未知数なのだ。それでも、今
この瞬間を切り抜けられなければ、自分は死ぬことになるという事を貴志は直感で理解し
ていた。
 三メートル。佳子が自分の力の届く範囲内に足を踏み入れたとき、貴志は息を大きく吸
い込み、思いっきり叫びながら両方の拳を床へと叩きつけていた。
「『ブラック・アウト』ッ!」
 貴志が拳を叩きつけた瞬間、まるで床は水面だったかのように波打ち、貴志の拳を中心
に波紋が広がっていき、それと同時に、部屋全体が元々二人のいた草壁川付近の風景にゆっ
くりと戻っていった。
 捕らわれていた東野の周りにあった茨も、まるで何もなかったように消えた。
 貴志が顔を上げると、目の前では頭を抱えながらうずくまる佳子の姿があった。
「う……バカな……これは、この感覚は……」
 苦しそうな表情をしながら立ち上がった佳子は、何かを振り切ったかのように空を仰い
だ。次の瞬間、そこに吉舎佳子の姿はなかった。
「逃げやがったか……」
 腕を押さえながら東野が貴志の近くに寄った。茨が体中に刺さったのだろう、至る所か
ら出血していた。
 貴志は東野が抑えている右腕に両手を当て、息を大きく吸いながらゆっくりと目を閉じ
た。貴志の両手が青白い光を一瞬だけ放ち、すぐに消えていった。
「血が、止まっている?」
 貴志が両手をどけると、茨の棘が刺さったであろう数箇所の傷がすっかり消えて元通り
になっていた。
「よく分からないんですけど、僕には大洪水の時以来不思議な力があるのを発見したんで
 す。ビンの栓を手を使わずに開けたり、起きている猫を眠らせたり、人の怪我や病気を
 治す事ができたり……これが、東野さんの言うスタンドなんでしょうね」
 そう言って貴志は、自分の両手を東野に見せた。自分が力を使用する時だけ出現する、
指貫グローブ。それこそが、貴志のスタンド『ブラック・アウト』のヴィジョンなのだ。
「そうか……やはり、似ているな父親と。本当に良く似ている」
 東野はそう言って、貴志に微笑みかけた。貴志もそれに答えるように口元を緩ませた。
 すっかり日も暮れ、近くを通る車の量も大分少なくなっていた。貴志は空を仰ぎながら
帽子のつばに触れ、東野はコートについた土埃を落とすようにお尻の部分を手で叩いた。
 満天の星空が、徐々に二人の頭上を覆い始めていた。まるで、二人の出会いを祝福する
かのように。

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