エターナル・クルセイダース

- Act.01_2 -

 河川敷のほうからは、テニスに精を出す部活動生たちの大きな声が聞こえてくる。
 貴志と東野は、喫茶店を出て不滅学院裏手の草壁川沿いの道路を歩いていた。時折、二
人の横を車が通り抜けていき、その度に初夏の心地よい風が二人を包み込んだ。
「なぜ、僕を探していたんですか?」
 歩きながら貴志が東野に問いかけた。
「その質問に答える前に、君はこの不滅市がまだ町であった頃起こった若者の連続失踪事
 件を知っているかい」
「いいえ……」
 東野が歩くのをやめ、貴志もそこで立ち止まった。
「無理もない。君の生まれる前、俺がまだ不滅学院二年生の時に起こった戦いだからな」
 貴志は目を丸くした。
「戦い? 事件じゃないんですか?」
「表向きはそうだ。しかし、何も知らない人・知らざるべきじゃない人には真実を伝える
 必要はない。知らざるを得ない人にだけ、俺は真実を言うべきだと思う。だから、表向
 きは事件っていうことになっている」
「……なんか難しいですね」
 貴志はハットのつばを軽くつまみ、下に引っ張りながら言った。
「二十年前、ここ不滅学院に一人の女子生徒がいた。名前は『吉舎佳子』。学校では誰と
 でも分け隔てなく接する、ごく普通の生徒だった」
 二人の後ろを車が通り過ぎる。その音と共に、風が二人を包み込んだ。
「しかし、そいつは特異な身体的特徴を持っていてな。他人の精神を取り込むことでしか
 生きながらえない困った奴だった」
「精神を取り込む……?」
「こう、矢を自分の手から発射してな」
 おもむろに東野は右手のひらを前に向けた。
「突き刺さった相手はどろどろに溶け、跡形もなく吉舎佳子に取り込まれる。まぁ、精神
 を取り込むというか丸ごと他人そのものを取り込むって言ったほうが分かりやすいかな」
「はぁ……つまり、その溶かされて行方不明になった人があまりにも多かったから、連続
 失踪事件として成り立ったわけですか」
「そういうことだ」
 貴志にとって、それは単に不滅学院で起こった事件にしか過ぎなかった。それが自分を
探していたことと、何か関係があるのだろうか。これじゃまるで、昔話を聞かされている
だけなのである。
「日増しに被害者は増えていく一方で、しかし俺たちは確実に吉舎佳子を追い詰めていっ
 た。そしてついに、吉舎佳子を倒すことに成功した」
「俺『たち』?」
「そうだ。君の両親、『澤村龍也』と『長谷川佳織』が奴を倒したんだ」
 貴志はそこである程度、これまでに東野が伝えようとしたい一部分を理解することがで
きた。君はこの町のヒーローなんだよ、すごいね。
「しかし、二人はやがて俺たち友人や仲間の前からある日、忽然と姿を消す。何故だか分
 かるか?」
 貴志はしばらく考えた後、「分かりません」と答えた。
「一言で言えば、二人は『普通の生活を手に入れるため』に俺たちの前から去っていった。
 普通と言われても二人の考えはあっただろうが、俺が思うに二人はスタンド使いとして
 の宿命から逃れたかったんじゃないか、と思っている」
「スタンド使いの……宿命?」
「スタンド使いは惹かれあう。即ち、戦いを意味している」
 東野は近くの橋の下を指差しながら言った。
「あれが見えるか?」
 貴志は東野が指した方向を見た。その先には、うっそうと生い茂った雑草の間から、ポ
ツンと飛び出した岩のような物体があった。
「岩……ですか?」
「石碑だ。まぁ、俺が勝手に作った代物だけどな」
 東野は視線を戻し、今は水の流れていない草壁川を見下ろしながら続けた。
「君の父親が始めて吉舎佳子に遭遇した際、ピンチに陥ったところを自ら助けに行き、そ
 のまま命を落とした奴がいた。奴の墓は別にあるが、俺たちは俺たちで彼女の供養と、
 自らを戒めるためにあの石碑を作った」
 貴志は何も言えずに東野の横顔を見た。夕日のせいで東野の顔が逆光になっており、そ
の表情はよく分からないが、どこか沈痛な表情だというのが分かった。
「あの時、そいつが佳子に立ち向かっていかなければ今のお前はいなかったし、俺も今こ
 こに立っていなかったかも知れん。生きるというのは時に残酷だ。死んでいった者たち
 の残したものを嫌でも受け継がなければならないからな」
「東野さん……」
「だが、俺はそれでも感謝しているよ。今俺が生きているのは、間違いなくあの時死んで
 いった奴らのおかげなんだからな」
 いつしか部活動の声も静まり、辺りは少しずつ夕方の風景へと変わりつつあった。貴志
は東野の後方にある夕焼けがいつもより何だか、大きく見えるような気がした。
「人は真実を知ることで、人生が大きく変わる。今から俺が君に言うことで、君がそれを
 真実だと受け取れば、君自身のこれからの人生が全く違ってくる可能性が出てくる。逆
 に嘘だと思うなら、それでも構わん。嘘だと思うなら俺はここで君に会ったことを忘れ
 る。――それでも聞きたいか?狭川貴志」
 東野が貴志のほうに向き直り、視線が合った。貴志は何も言わず、首を縦に振った。
「いいだろう」
 東野はポケットの中に手を入れ、さっきのとはまた違う紙切れを貴志に差し出した。貴
志はそれを受け取り、開けると一人の女性が写っている写真だというのを理解した。
「君の両親は十年前の大洪水で死んだ。いや、死んだはずだった」
 辺りが暗くなってくる一方で、貴志は夕焼けの明かりを頼りに写真を覗きこんだ。写真
の一部を拡大コピーしたようなためか、女性の表情や輪郭を理解するのには少々時間がか
かる。
 東野は構わずに続けた。
「君の父親は――澤村龍也は大洪水から一週間後、川の河口付近で遺体で見つかった。検
 死の結果本人であることが確認された」
 その時、二人の横を一台の車が通り過ぎていった。既に辺りは暗くなっているからか、
車はヘッドライトを照らしており、その光が貴志の持っていた写真を一瞬だけ照らした。
 貴志はその瞬間、写真に写った女性の顔をはっきりと確認した。
「しかし、君の母親――長谷川佳織は依然行方不明のままだ。遺体はまだ見つかっていな
 い。そして、澤村龍也の死因は胸部に不自然に開いた穴による出血死……つまり、土石
 流に飲み込まれる前、澤村龍也は既に死んでいたと考えられる」
 貴志は息を飲んだ。そう、死んだはずだった。遺体が見つからないのを不自然と思わな
いぐらい、二人は死んだと諦めていたのだ。今の今まで。
「その写真に見覚えはないか? 狭川貴志」
 写真を持つ手が震えていた。あり得ないのだ、こんな事は。
「僕の、母さんに、似ている……」
「やはりそうか」
 東野はそう言うと、ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけた。辺りが暗
い中で東野がつけたライターが異様に明るく見えた。
「しかし、俺が伝えたい真実はそれだけじゃないぞ」
 貴志は何も言わずに、うまそうにタバコの煙を吐く東野を見ていた。
「……どういうことですか?」
「外見上はお前の母親でも、中身はそうでないかも知れないってことさ」
 貴志は東野が言っている言葉の意味を理解できなかった。

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